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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)60号 判決

原告 エヌ・フアウ・フイリツプス・グリユイランペン・フアブリーケン

被告 特許庁長官

主文

昭和三十年抗告審判第二、一二二号事件について、特許庁が昭和三十二年七月四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十九年四月二十七日別紙記載のように、「TL」の文字を横書にして構成されている原告の商標について、「『TL』の文字自体につき権利を要求しない。」と記載し、第六十九類「電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料」をその指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十九年商標登録願第二八、七八三号事件)、昭和三十年七月三十日拒絶査定を受けたので、同年十月七日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十年抗告審判第二、一二二号事件)、特許庁は昭和三十二年七月四日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月十六日原告代理人に送達された。

なお右審決に対する訴訟提起の期間は、特許庁長官の職権により、昭和三十二年十二月十六日まで延期されたものである。

二、審決はその理由において、先ず原告出願の商標を説明し、これに続いて「思うに国内においてローマ字二字を組み合せ、これを氏名の略称として一般に用いられていることはいうまでもなく明らかなところであるのみならず、本願の指定商品に属する商品については、品質等表示として、この程度の文字は一般に使用されていることは当庁において顕著な事実であり、このような事情を勘案すれば、本願商標は上述する「TL」のローマ文字に外ならないところであつて、しかも商品に関し普通使用される方法で、特異性のないローマ文字を現わしたところであること明白である以上、このローマ文字「TL」は特定人の商標として専用せしめるものでなく、この種当業者は必要に応じ、本願の指定商品に関し、任意に採択又はこれを商品につき使用し得るものであること、商標法全般の精神に照し明らかであると判断せざるを得ないから、結局本願商標は指定商品に関し、自他商品の甄別標識として商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著の要件を具有するものでないといわざるを得ない。」と断じ、更に進んで「なお抗告審判請求人は、既存の商標出願公告の事例を示し、かつ外国における登録商標を証拠方法として挙げ、本願商標はいわゆる特別顕著の要件を具有するものとして登録せられるべきものであると主張しているが、本願の指定商品については、国内において既述するような理由の存する以上、上記主張はこれを採用するに由がない。」としている。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取り消さるべきものである。

(一)  審決は本件出願の商標に特別顕著性がないと断じているが、それは専ら商標自体のみに着眼しているからであつて、特別顕著性の存否は商品との関連においてのみならず、当該商標が指定商品に付されて取引される具体的な場において判断されなければならないものである。

さればこそ原告は抗告審判請求当においても、本商標がその指定商品との関連において自他商品甄別能力があり、また原告は本件商標をその指定商品に付して、広く大量に日本に輸出し来た結果、取引者一般にこれが原告の営業に係る商品であることを深く認識せしめるに至つていることを主張し、かつ立証しているのである。

しかるにもかゝわらず審決は漫然公式論的見解を固執し、右特殊事情については何等の考慮も払つていない。すなわち審決には商標法第一条第二項の解釈を誤つた違法があり、かつ審理不尽、理由不備の違法があるものである。

(二)  そもそも特別顕著性とは自己の営業にかゝる商品と他人の営業にかゝる商品とを彼此甄別せしめ得る標識能力である。従つてたとい商標自体すなわち「文字、図面若は前号又はその結合」のみに着目すれば、斯様な自他商品甄別能力がないようであつても、特定の企業が特定の商品に関して永年使用の結果、斯様な能力を獲得するに至ることがあるものである。本件出願の商標は、それ自体特別顕著性を有するものと確信するが、百歩を譲つて然らずとするも、右の如く永年使用による特別顕著性の獲得の事実は断じてこれを否定し得ないものである。すなわち原告は、今次大戦終戦後日本国と取引再開以来、本商標を付した商標を多数日本国各商社に向け輸出販売して来た結果、本件登録出願当時すでに「TL」商標を付した電気照明器具特に螢光灯、ネオン管球等は、原告すなわち和蘭国エヌ・フアウ・フイリツプス・グリユイランペン・フアブリーケンの営業に係るものと一見一聞して認識される程顕著に知られていたものである。原告会社は本件出願の指定商品殊に螢光灯、ネオン管球等について「TL」の商標を付して広く各国に輸出する関係上、夙に関係各国に対し同商標の登録出願をなし、すでに、和蘭、ブラジル、フインランド、ギリシヤ、インドネシヤ、ノルウエー、アルゼンチンの各国において同商標の登録を受け、またベルン工業所有権保護国際事務局においても国際商標登録を受けている。(この登録に従つて本商標の保護を受けている国は、独乙、白耳義、スペイン、モロツコ、仏蘭西、アルジエリヤ、伊太利、リヒテンシユタイン、ルクセンブルグ、スリナム、葡萄牙、ルーマニヤ、瑞西、タンジール、チユニス、土耳古、ユーゴースラビヤである。)

もとよりわが国においてある商標を登録すべきか否かは、わが国商標法の定めるところにより判断されるべきであつて、外国登録例に抱束されるべきものではないが、近時国際取引の密接化に鑑み、右の如く多数国において登録されている実情は決して無視されるべきではない。

そしてこの事実は原告会社が世界的に著名な会社であり、かつ本件出願商標が特別顕著性を有することを推認せしめるに十分である。けだしいわゆる特別顕著性は、すなわち自他商品甄別能力のいいであり、もし本件商標がかゝる能力を有しないものであるならば、原告が敢てかゝる商標を採択し、また各国において登録出願をする筈がないからである。

四、被告代理人は、原告が本件商標登録願に「『TL』の文字自体につき権利を要求しない」と記載した事実を捉えて、原告自身本件出願商標に特別顕著性を有しない事実を認めているものであると主張するが、原告が右の如き権利不要求を申し出たことは、「T」及び「L」の夫々の文字自体については権利を要求しないとの意味であつて、これの結合「TL」について権利不要求を申し出ているものではない。通常書体を以つてなる文字商標「TL」について、「T」と「L」との結合である「TL」について権利不要求をすれば、その商標の内容は実質上空虚であつて、斯様な無意味の出願をする筈はない。原告はその出願に際し、「T」の一字「L」の一字ではそれぞれ原則として特別顕著性がないが、「TL」と結合すれば、特別顕著性を有すると確信したがゆえに、「T」及び「L」の文字自体については権利を要求しない旨を申し出たのである。

また被告代理人が二において主張した事項について簡略に述べれば、ローマ字二字を氏名の略称として使用する、いわゆるイニシアルは、必ずピリオツドを付して使用されるものである。また本件出願の商標は「T」と「L」とを結合してなる「TL」であつて、被告の挙示する交流の周期、絶対温度、T型アンテナ等の略称、符号の「T」とコイル又は時間的関係を表わす略称「L」との文字が結合されて一般に用いられるものとは考えられない。仮りに「TL」がピリオツドを付せず氏名の略称として用いられる場合が稀にあるにせよ(わが国においてはLをイニシアルとする例は少ない)、又「L」が製品を区分するために、「L」が材料部分品の仕分上の区分として、それぞれ用いられる場合が万一あつたとしても、それは商標法第八条により、「TL」の商標権の発生、存続に拘らず、何人も自由に使用し得るもので、斯様なことと特別顕著性の存否とはおのずから別箇のことである。

五、更に被告代理人は、「原告は本件出願事件が特許庁に繋属中、本件出願商標が永年使用により特別顕著性の要件を具有するに至つたとする理由は当該関係記録のどこを見ても、この主張を相当とする理由がないこと明らかである。」と主張しているが、原告は抗告審判請求書においてこのことを主張し、これを証明するために、原告の本件商標が「過去四ケ年以上にわたり、日本国におけるこの種商品の取引者及び消費者に周く知られた」ことを証明した日本の知名商社の証明書八通を提出しているものであるから、被告の右主張は理由がない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、これを認める。

二、同三の事実及び主張は、これを否認する。

(一)  本件出願の商標の構成は、「TL」のローマ文字を角ゴシツク体で普通表示の方法で横記してなるものであり、かつ登録願に記載された文面によつても、商標中「TL」の文字自体につき権利を要求しない旨の申立をしている点を考察すれば、後述する理由の存することが認めて明白であつて、このことは商標法第二条第二項に規定したところの商標の要部と認められる虞のある部分で、分離しては商標法第一条第二項に規定する特別顕著性の要件を具備せざるため、本件出願人は当該部分自体につき権利を要求しないとその旨を申し立てたところであることが明らかである。

(二)  思うに国内においてローマ文字二字が氏名の略称として一般に用いられていることは否定することのできない顕著な事実であつて、本件出願商標もこの氏名の略称に相当するローマ文字二字の組合せに外ならならないから、この理由を以つてしても、商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著性の要件を具有しないものである。(「L」のローマ字は五十音発音上には存在しないが、「L」のローマ文字を氏姓の略称として用いられる場合は、日本電信電話公社発行の電話番号簿「リ」の部分を参照すれば明らかであり、「T」のローマ文字は「名」の略称として用いられていることは顕著な事実である。)

(三)  本願商標の指定商品は、第六十九類電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料等であり、この各商品はその製品の性質上概ね数種ないし数十種の各部分品の材料を組合せ構成されているものであるばかりでなく、元来この種の商品は海外の技術導入によりなされたところの商品であつて、これを表示する商品名称ないし各種の部分品材料等にいたるまでその名称は概ね外国語で示わされている。しかもこれら多種多様の組立部分品の材料に関する材料の分類上には、ローマ文字二字(その一つは製品を区分するため他の一つは材料部分品の仕分上の区分符号として用いられている。)が、各メーカー等において普通に用いられていることは極めて顕著な事実であるから、この理由を以てしても本件出願の商標は特別顕著性の要件を具備しない。

(四)  ローマ文字「T」及び「L」が商品名称ないしこれに相当する用例の略称として一般に用いられていることは、合資会社富山房発行にかゝる大英和辞典末葉の略称語の項その他電気関係の辞書を参照するまでもなく明らかなところであつて、(例えば「T」の略号として交流の周期、絶対温度或はT型アンテナ等に用いられ、「L」はコイル又は時間的関係を表わす略称として普通に用いられている。)いずれも第六十九類の指定商品ないしそれと認めて緊密な関係を有する用例であることが、当該商品の性質上判然としている。

このような訳で、本件出願商標は、この商品ないし当該商品の品質、効能、用途製法等を直接表示する用例に外ならないといわざるを得ず、この点の理由を以てしても、特別顕著の要件を具備しない。

更に他の事例を挙げれば、株式会社三省堂大阪支店発行三省堂英和大辞典(昭和九年九月五日発行)中略語表「T」の部には、T. L. Total lossと記載されており、電気通信雑誌「施設」一九五七年十二月号中電気通信用語略語表「T」の部分にはT L Terminal lossの略号であることが記載されている。

その他「TL」の標識が電気諸機械及び器具等に使用されていることは顕著な事実であつて、電気機械器具の各種商品の種別及至商品名称として普通に慣用されているところであり(乙号各証参照)、結局本件出願商標は、その指定商品に関し商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著の要件を具有するものでないことが、取引界の実際に照し、実証されていること明らかであるといわなければならない。

原告の主張するように電気機械器具に特定したものにつき、使用により「TL」の標識が商標法上いわゆる特別顕著性を仮りに具有するに至りたるものでありとせんか、然らばこれに類似する各種の電気機械器具につき使用される「TL」の標識はことごとく当該商標権の侵害行為を構成する事実の発端となることは必至であるのみならず、特別法に基いて設定された日本工業規格豆ランプの形式表示等は無視されてしまうこともまた必然であつて、公の秩序を紊されるの虞を生ずることは明々白々であり、公共の福祉を維持することは甚だ困難となることは当然の事柄であると信じられるところであり、この種業界の実際面と公共的事業案等を考察するときは、「TL」の標識は右商品についても、原則的に商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著の要件を欠くものといわざるを得ない。

(五)  更に原告は本件商標出願の際に、本件出願商標中の「『TL』の文字自体につき権利を要求しない。」と申し立てている点を観察すれば、このことは上記した(一)(二)(三)の理由を裏書する証左となし得るところであり、結局本願商標の如き表示は、特定人の商標としてこれを登録し専用せしむべきものでないこと明らかであるばかりでなく、この種当業者は必要に応じ本件出願の指定商品に関し、任意に採択又はこれを商品につき使用し得るところの表示であること商標法全般の精神に照し明白であると判断せざるを得ないから、これと同一の表示が外国においてたとい登録商標として存したからといつても、わが国において上述した理由が存在する以上、商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著の要件を具備するものではない。

本件出願の商標について上述した拒絶理由の存在する過程上においては、その指定商品との関係が特に勘案されていることは、審決理由全文を精続すれば判然たるところであり、かつ審決がわが国における取引上の実際を総合判断の用に供していることもまた明白である。

三、本件訴訟は行政事件訴訟特例法に基く訴訟事件である関係上、本件出願に関する出願事件が特許庁で繋属中になされた主張以外の事由は、この訴訟で更に主張することのできないものであることは明らかである。しかるに本件出願事件が特許庁に繋属中、本件出願商標が永年使用により特別顕著性の要件を具有するにいたりたるとする理由は、当該関係記録のどこを見ても、この主張を相当とする理由がないことが明らかであるから、このような主張点は、本件訴訟の対照理由となし得ない。

なお仮りにこのような主張が本件訴訟において採択されたとしても、この事実を立証するのに、私人の証明数通に過ぎないところで、いずれも信憑するに足りないのみならず、本件出願商標と同一の構成よりなる商標が外国で仮りに登録されているからといつても、この事実では、本件出願商標がわが国において、特別顕著の要件を具有するものでありとすることは不可能である。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第一号証の総合すれば、原告の出願にかゝる商標は、別紙記載のように横に並列記載された「TL」のローマ字二字で構成され、第六十九類電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料を指定商品とするものであることが認められる。

なお商標登録願(甲第一号証)には、商標見本「TL」を貼付した下に「『TL』の文字自体につき権利を要求しない。」との記載がされており、右事実は当事者間にも争のないところであるが、右記載の意味は、出願にかゝる商標「TL」を構成する「T」及び「L」の各文字それぞれについては権利を要求しない旨を明らかにしたものと解するを相当とする。被告代理人は、右の記載は、原告が本件出願の商標について特別顕著性のないことを自認し、「TL」の結合自体について権利不要求の記載をなしたものであると主張するが、「TL」の文字のみによつて構成される本件出願の商標において、「TL」の結合自体について権利を要求せずとなし、いわんや原告自身が商標の出願にあたり、その特別顕著性のないことを自認し、これを登録願のうちに表示するが如きは、全く理解し得ないところであつて、前記記載をこのように解釈しようとする被告代理人の主張の到底採るに値いしないことは多くいうをまたない。

三、よつて原告が登録を出願し、これについて権利を要求している「TL」の商標が商法第一条第二項にいわゆる特別顕著なものであるかどうかについて判断するに、同項にいわゆる商標の特別顕著性とは、商標がこれを使用した商品について、取引者及び需要者をして、これが何人の生産、加工、販売等にかゝる商品であるかを認識せしめ、これによつて他人の生産、加工、販売等にかゝる同種の商品とを区別させる能力をいうものと解するを相当とするところ、ローマ字二字から構成される表示は、被告代理人も指摘するように、氏名の略称として、(原告代理人は、ローマ字二字をいわゆるイニシアルとして使用する場合には必ずピリオツドを付すると主張するが、これを呼称するには、普通ローマ字二字が並称されるに過ぎないことが多いと解せられる。)また後に五において認定するように、世上極めて広汎に使用されているものであるから、これを商標として使用しても、普通人々は、これを同じくローマ字二字で構成される右各種の表示と見誤り、覚え誤り、これに自他商品を区別する標識として商標の機能を営ましめることは、到底期待することができない。

してみれば本件商標「TL」はこの意味において、その構成自体において、当然にいわゆる特別顕著性を有するものとは解されない。

四、しかしながらローマ字二字から構成されたような、きわめて簡単でかつありふれた文字のみからなる商標であつても、これが極めて高度に使用(広告等を含む)された結果、その構成にもかゝわらず、或いはその簡素な構成のゆえに却つて一層、その商品の取引者及び需要者をして、これを使用した商品が、何人の生産、加工、販売等にかゝるものであるかを、はつきり認識せしめるにいたる事例は、決して乏しくない。かゝる場合においては、これら商標も、いわゆる商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著なものとして、その登録を受けることができるものであることは、また多くいうを待たない。

当裁判所が全部真正に成立したと認める甲第二十九号ないし第三十六号証及び甲第四号ないし第十八号証を総合すれば、原告会社は、その製造販売する螢光灯その他の電気機械器具類に、本件出願にかゝる「TL」の文字で構成された商標を付し、広く世界各国に販売して来たものであるが、わが国においても、昭和二十七年これらの商品について外国製品のための市場が再開されて以来、同商標を付した電気照明器具特に螢光灯、ネオン管球等が相当多量に輸入販売され、その結果前記「TL」の商標は、原告会社の製造販売にかゝるこれら商品を表示するものとして、取引者及び消費者の間に広く知られているのであることが認められる。

してみれば「TL」の商標は、原告会社の製造販売にかゝる電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料を、他の者の製作、販売にかゝるこれら商品と区別するものとして、いわゆる使用による特別顕著性を有するものといわなければならない。

五、被告代理人は、本件指定商品のような電気機械器具について、「TL」の標識が使用によりいわゆる特別顕著性を具有するにいたれば、これに類似する各種の電気機械器具について使用される「TL」の標識は、ことごとく当該商標権の侵害行為を構成する事実の発端となるばかりでなく、特別法に基いて設定された日本工業規格豆ランプの形式表示等が無視されることゝなり、公の秩序をみだる虞があり、公共の福祉を維持することが困難となると主張し、各その成立に争のない乙号各証(ただし乙第七号証を除く。)によれば、「TL」の文字が電気関係用語において末端損失、全損、市外系路、尾灯等の省略語として用いられていること、日本工業規格においては、豆電球のある種の形式を示す符号として、また限時継電器を表示するシンボルとして使用されていること、また電気機械器具の製作に関係する会社、事業所等においては、これを前記の継電器、制限開閉器、尾灯、電源変圧器、螢光照明器具、端子その他各社それぞれの製品の形式を表示する符号として使用していることを認めることができ、以上認定によつても明らかなように、これらは、いずれもTLの表示を商標として使用しているのではないから、たとい本件の商標「TL」が使用による特別顕著性ありとして登録されたとしても、その効力は商標法第八条の規定により、これら標識の右に認定した各使用に及ぶものでないことは、いうをまたないところであつて、これにより公の秩序がみだされ、公共の福祉の維持が困難となる旨の被告代理人の主張は、到底採用することができない。

六、最後に被告代理人は、本件出願の商標が使用による特別顕著性を取得したとの事由は、特許庁における抗告審判において全然主張せられず、従つてまた審判されなかつた事項であるから、これを以て審決の適否を判定することはできない旨を主張するが、本件商標の登録出願に基く審査及び抗告審判において、本件商標の特別顕著性の有無が、常に審理の対象をなして来たものであることは、その成立に争のない甲第二号証(抗告審判請求書)及び甲第三号証(審決)の記載に徴し明白であるところ、出願にかゝる商標についての特別顕著性の有無の争点のうちには、商標の構成自体が有するそれの外に、いわゆる使用による特別顕著性の有無の主張、判断も当然に包含せられるものと解するを相当とするばかりでなく、前記甲第二号証によれば、原告はその抗告審判請求書において、本件商標は、「従来請求人(原告)のみが、その商品すなわち発光管等電気照明器具を表示するため使用して来たところであり、(中略)全世界における唯一のものとして、請求人がその製品のため終戦以来使用し、これまで世界の多数の国々において、法律上『TL』印につき商標たる特性を認定されて来たところである。」旨を主張し、千九百四十七年八月和蘭国政府及び同年十月ベルンにおける工業所有権保護国際事務局において受けた商標登録証外七ケ国の登録証を提出していることが認められるから、いわゆる使用による特別顕著性は、すでに抗告審判において原告これを主張し、その審理の対象となつたものであることは明白であるから、被告代理人のこの点についての主張もまたこれを採用しない。

七、以上の理由により、原告の本件出願にかゝる商標は商標法第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具備せず、登録を拒絶すべきものとなした審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商票〈省略〉

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